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マリーアントワネットと香水の物語

マリーアントワネット。正式名マリー=アントワネット=ジョゼフ=ジャンヌ・ド・アブスブール=ロレーヌ・ドートリシュ。

混乱の時代を生きたフランス王妃。数々の映画や舞台、漫画でも登場するように歴史上の人物の中でも特に人気が高く、私たちを魅了する女性です。

そういった作品の中でも、たびたび浪費家や軽率な女性として描かれる彼女ですが、最近の見解では混乱期のフランスを生きた結果、革命の生贄として悪人にされたのではないかとされています。

そして、マリーアントワネットはその時代のファッションリーダーとしても絶大な影響力がありました。また、その一部として、香水にも目がなかったのは有名な話。

14歳の時にフランス皇太子ルイ(後のルイ16世)と結婚し、故郷のオーストリアからフランスのベルサイユ宮殿に移ったマリーアントワネット。当時、フランスでは、お風呂に入る習慣がなく悪臭を隠すために、香水を使用するというのが常識でした。ベルサイユ宮殿内もムスクなどの強い香りに包まれている中、彼女が好んだのはバラやスミレといった植物由来のナチュラルな物だったのです。

それは、なぜか?

ルイ15世の寵妃(公式の愛人のこと)デュ・バリー夫人が龍涎香(アンバーグリス)などの動物性の香りを好んでいたことへの対抗意識という説もありますが、オーストリア出身の彼女はもともとお風呂に入る習慣があり、強い香りをつける必要性がなかったからと言われています。悪臭を隠す目的ではなく、単に香りを楽しむために香水をつけるという、現代の私たちと同じような香水の楽しみをいち早く行っていたのです。

ベルサイユ宮殿の庭園の一角には”プチ・トレアノン”という別荘を築き、多くの花々を栽培。香り風呂を女性の化粧の一つとして復活させたり、乾燥させたバラ、白檀、クローブ、コリアンダー、ラベンダーを混ぜたにおい袋を宮廷内に流行らせるなど、香りの嗜みを広めたのも彼女です。

プチ・トリアノン宮殿北側
村里の農家(を模して建てられたフォリー)

彼女には、ジャン=ルイ・ファージョンというお抱えの調香師がいて、”花の破壊”や”ヴィーナルの油”などのオリジナルの香水を作らせたとのこと。また別荘用に要望したプチ・トレアノン香水は、ギリシャ神話で奇跡の粉とも言われるイリスの香りが核となり、王妃に似つかわしいとされ、王妃の手袋用香水としても使用されました。ちなみに、このファージョンは、王室のお抱えという立場にありながら、フランス革命を乗り越え、のちにナポレオンの調香師となります。


Jean-louis fargeon parfumeur de marie-antoinette

そして、彼女は、もう一人の人気調香師ジャン・フランソワ・ウビガンの香水も気になり、侍女をウビガンの店に行かせ、彼の最新作の香水を手に入れます。このウビガンの香水店もまた混乱と転換の時代を生き抜き現代では、世界的なフレグランスメゾンとなっています。


Jean-François Houbigant 
(21 December 1752 – 22 October 1807) 

このように、生活の一部として香水を愛してやまないマリーアントワネットでしたが、やがてこの香水が彼女を悲劇へ導くこととなってしまうのです。

1791年6月20日の深夜、マリーアントワネットは夫のルイ16世や子供たちと革命の嵐が吹き荒れるパリを脱出します。彼らは、普段よりずっと質素な身なりをしていて、もし途中で身分を問われたら、ロシアのさる侯爵夫人と侍女と従僕の一家だと答えると決めていました。

通過するいくつかの町では、その嘘で何とか乗り切ったようです。しかし脱出から2日後の6月22日、故郷オーストリアに逃れられると思った直前、国境付近の町ヴァレンヌで正体を知られ王家は革命軍に捕らえられます。

身分発覚のきっかけとなったのは、マリーアントワネットのつけていた香水。それは、エレガントでかぐわしい芳香を放っていました。そして、衣装ケースにはプチ・トレアノン香水やウビガンの香水が。当時、侍女や従僕といった使用人階級にはとても手が出せない高級品だったことで、王室の者だという身元が判明してしまったのです。

かくして、パリからの逃亡は失敗に終わり、2年後の1793年10月16日、マリーアントワネットはパリのコンコルド広場で断頭台の露と消えます。そして、その時までウビガンの3本の小瓶を胴衣に忍ばせていたというのです。

どんなときでも、女性の身だしなみである「香り」だけは、ごまかすことできなかったマリーアントワネット。

もしかすると、彼女がこんなに香水を愛していなければ、37歳という若さで処刑されるという悲劇を迎えることはなかったのかもしれません。

しかし、国の同盟関係を深めるためいわば人質のような形で結婚し、その後の混乱期のフランスを生き抜いてきた彼女にとって、香水は自分自身の気持ちを高める、また落ち着かせるかけがえのないものだったのではないでしょうか。

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